世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さんが、各地の家庭料理をお届けします。
料理の味付け、あれとこれを合わせて...と考えてこんがらがってしまうことありませんか? ハーブ大国ブルガリアの台所で教わったのは、たったハーブひと振りで食材が料理になっちゃう「料理しない料理」の知恵でした。
今回訪れたブルガリアは、実は世界有数のハーブ生産国。ブルガリアの人々は、薬用にもお茶にも、そして料理にもハーブを使う知恵を持っていて、市場にはフレッシュもドライもたくさんのハーブが並んでいます。
そんなブルガリアの家庭で訪れたネリさんは、お庭でハーブを育てる料理好き。料理をしているとひょろっと庭に出ていって、今使うハーブをとってきます。
ハーブにはあこがれもあるけれど、なんだか難しそうで尻込みする気持ちもあります。でも、ネリさんに教えてもらったハーブソルト使いは、そんな気後れを吹き飛ばすほど簡単で、毎日の料理に取り入れたくなる気楽さだったのでした。
「これから、"料理しない料理"を教えるわね」
そう言って見せてくれたのは、緑が美しいサマルダラ。
バルカン山脈にだけ育つこの地域のハーブで、にんにくのような香りとはちみつのようなやわらかさを併せ持つことから英語では「ハニーガーリック」と呼ばれます。すりつぶした葉っぱに塩を混ぜて乾燥させて作るので、ハーブといってもしっかり塩味があり、なんだか抹茶塩を思わせます。
ネリさんが見せてくれたサマルダラ使いのすごいところは、「ぱらっとかけるだけで立派な料理になる」こと。パンや生野菜などの食材にかけるだけで全然新しい味わいに変身しちゃうのです。
パンにバターをぬってサマルダラを振りかけたものは「はい、サンドイッチ」。
半信半疑でかじりついた瞬間、目を見張りました。バターの脂肪分とガーリック香が絶妙に合い、"ぱらっとかけただけ"なのにチーズ風味の立派なオープンサンドになっているのです。忙しい朝でも何もない日でも、ひと切れのパンがごちそうになってしまいます。
そこにきゅうりやトマトをのせると、もうパーティープレートのよう。朝食並の手間なのに、ぱらっとひと振りでパーティーのように華やかな一品ができてしまいます。
ゆで卵に振りかけるのも、料理。見た目にもきれいですし、卵の硫黄臭にガーリックのような風味が抜群に合って、いつもの「塩をふった卵」ではなく「卵料理を食べている」ような充実感になるから不思議です。
そして最後にとっておき、「これは夫の大好物なの」と教えてくれたのは冷たいトマトスープ。
よく熟れたトマトをフードプロセッサーにかけ、サマルダラをひとつまみ入れるだけ。
えっそれだけ?と驚いたのだけれど、旬のトマトはもうそれだけでおいしいのです。サマルダラの仕事は、はじけるような甘みと酸味をきゅっとまとめることだけ。 でもそのおいしさは、旦那さんの笑顔が証明しています。
「手のかかる料理はしなくなってしまうでしょ。若い人にも料理をしてほしいから、私は"cooking without cooking(料理しない料理)"を伝えているの」。
ネリさんは有名なフードブロガーで、手の込んだ料理だって作れる料理上手です。でも彼女がブログで紹介したり今回教えてくれたものは、最小限の手間にして充実感とおいしさがあるものなのでした。
食事は毎日のことだから、手のかかる料理は疲れてしまいます。でも食材を切っただけだとちょっとさみしいことも。
お気に入りの調味料をぱらっとかけるだけでいいのよ、というネリさんの言葉は、ひとつの心地よいバランスを示してくれたようでした。
ハーブ大国ブルガリアの家庭で教わったのは、料理をワンランクアップするためのおもてなしハーブのテクニックではなく、ぱらっとひと振りで「料理をしないで料理を楽しむ日常の知恵」でした。
サマルダラは日本にはありません。でもサマルダラ"みたいなもの"は日本にも昔からあります。使い方で似ているのは「ゆかり」(赤しそふりかけ)。ぱらっとかけるだけで、白いご飯がおいしくなるだけでなく、切っただけの野菜も立派なおかずになります。ブルガリアの台所で教わった知恵が、実はこんな手の届くところにあったのです。
また、サマルダラと風味は異なりますが、オレガノと塩をまぜてつくる「オレガノソルト」もネリさんのおすすめです。
パンにも野菜にもトマトスープにも、同じように使えて、かけるだけで立派な料理を作りだします。他のお気に入りのハーブを塩とあわせてみてもよさそうです。
マイハーブソルトを小瓶に詰めて、「料理しない料理」を取り入れてみてはいかがでしょうか。
※編集部注:
1)ゆかりは、三島食品の登録商標です。
2)この記事は岡根谷実里さんの公式ブログの掲載記事を加筆・修正し、再編集したものです。元の記事はこちら。
台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。
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