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コラム

フライパンで作れる「インドのパン」の世界がすごい!

【世界の台所探検 Vol.39】世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする台所探検家・岡根谷実里さん。今回は、インドで日常的に作られている、フライパンで作れるパンをご紹介します。

インドのパンといえば...

何が思いつくでしょうか。 インドカレー屋さんでおなじみの、皿からあふれる大きなナンでしょうか? 焼き立てのナンは底面のパリッと感と中のふわっと感のコントラストがたまらず、ほんのり甘くておいしいですよね。「ナンおかわり無料」というお店のランチタイムには、もうお腹いっぱいなのについおかわりしたくなってしまいます。

しかし、実はインドの家庭ではほとんどナンは作りません。 というのも、ナンを焼くにはタンドールという大きな窯が必要だから。加えて、ミネラル分の乏しい精白小麦粉で作られ、砂糖や油脂を使うこともあり、毎日食べるには健康的でないという考えもあるのです。

日常的に家庭で作るパンはチャパティと呼ばれ、「砂糖なし・発酵なし・オーブンなし」、その上材料三つで素材もヘルシーというとんでもなく工夫の詰まったものなのです。

インドの家庭で教わったパンの世界を、ご案内します。

発酵なし、意外な方法でふわっと膨らむ!

訪れたのは、インド西部グジャラート州の家庭。台所は、通りに面した家の中の一等地にあり、大きな窓からはたっぷりの太陽光が差し込んできます。家の奥にある日本の台所との扱いの差に驚く私に、この台所の主スヴァルナ母さんは笑いかけます。

「インドの台所に、太陽の光は大切。台所がきれいに保てるし、何より料理をする人が健やかな気持ちになれるでしょ?」 そう言いながら、昼食作りを始めました。今日の昼食は、さや豆のスパイス炒めに豆スープ。ひと通り料理ができたところで、チャパティ作り開始です。

パンを作るというと、私などは数ヶ月に一度作るくらいの大イベントなのですが、インドでは毎日のこと。棚から小麦粉を出してきて、手慣れた様子で進めていきます。 小麦粉は真っ白ではなく、アタという灰色がかった全粒粉。ばさばさっとお盆に入れて、塩をひとつまみ加えて、水を少しずつ加えながらこねていきます。ドライイーストは使わず、粉も水も一切計量なし。私の知っているパンの常識をひっくり返すやり方で、スヴァルナは淡々と「いつもの硬さ」に仕上げていきます。 生地ができたら30分ほどおいて、全体につやが出たらのばして焼いていきます。

細めの麺棒で丸く広げ、しっかり温めた縁なしの平たいフライパン(タワ)にのせると、数十秒あまりで一つ二つとぷっくり膨らみができてきます。それをひっくり返して裏面も焼き、完成...と思いきや。ここでタワをどかして、チャパティを炎の中に投入!燃えてしまうのではないかとあわてる私をよそに、チャパティは深呼吸するように気持ちよく膨らんで、風船のようなまんまるになっていきます。

ピークに達したら、つんとつついて火からおろし、しぼませながら精製バター(ギー)を片面に塗って完成です。

焼きはじめからものの1分あまり。焼きたてにかじりつくと、全粒粉の素朴な甘さと炎で焼いた香ばしさが鼻に抜け、噛めば噛むほど味わいがあり、止まりません。 発酵なし、オーブンも使わず、風船のように軽くて香ばしい絶品のパンができてしまったのです。

パンはチャパティだけではない。同じ材料で驚きのバリエーション

チャパティが膨らむ様子に興奮する私をみて、「同じ生地でもう一種類作れるんだよ」とスヴァルナが作って見せてくれたのが、フルカというパン。作り方は全く同じように見えるのですが、焼き上がった後もしぼむことなく、風船のような状態のまま。「チャパティよりも少しだけ厚く、焼き時間も少しだけ長いんだよ」というのですが、私にはわからない些細な違い。全く同じ材料で、二種類の違ったパンができてしまいました。

さらにこの後も展開は続きます。食べきらずに残ったチャパティは、何度かひっくりかえしながら両面焼いて、パリパリのクラッカーに。カクラと呼ばれるこれは、保存が効くので朝食や軽食に重宝します。

さらに、生地をのばす時に少しだけ厚くして、炎に投げ入れずに仕上げるとテプラに。

中にスパイシーなマッシュポテトを包んで平たくして焼いたら、アールー・ロティに。

まるで手品のように連日繰り広げられるパンの世界。こんなシンプルな道具と食材で、無数のバリエーションを生み出してしまうその手の力に、惚れ惚れしたのでした。日本に帰ってきてから、無限のバリエーションを作れることを夢みて、せっせとフライパンでチャパティを焼いています。

岡根谷実里さん

台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。 著書に 「世界の台所探検 料理から暮らしと社会が見える(青幻舎 )」がある。

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