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コラム

【松浦弥太郎の買い物エッセイ】「根ぎし 笹乃雪」の胡麻豆富

生のごまをすっていくと歌をうたっているかのよう

生のごまを一晩水につけてふやかし、ザルにあげて、新しい水につけるを繰り返す。すり鉢で円を描きながら、ごまをすっていく。ひたすらすっていく。すっていくと、はじめの耳に心地良い静かで低い音だったのが、ごまが歌をうたっているかのような甲高い音に変わる瞬間がある。

これは、ごま豆腐を作るために、祖母が丹念にごまをするのを真横で見ていた記憶の断片だ。一緒に、その時のごほうびとも言える、ごまの香りが鮮明に蘇ってくる。

手をあわせたくなるごま豆腐

ごま豆腐をいただく時は、必ず手を合わせたくなる。そのくらいに、ごま豆腐は作る人のまごころがこめられている。ごま豆腐を作る祖母の姿は、料理とは何かというその答えを、そんなふうにして僕に考えさせるのだ。

「根ぎし 笹乃雪」のごま豆富は、祖母の作ったごま豆腐に味が近くて、実においしい。豆腐ではなく豆富と書く「根ぎし 笹乃雪」は、江戸時代にはじめて絹ごし豆富を作った老舗である。当時、あんかけ豆富が庶民のブームになり、おかわりして器を高く積み上げるのが江戸っ子の自慢だったという。正岡子規が愛した豆富料理店としても知られている。

「根ぎし 笹乃雪」の折り詰め(1000円)を買って帰り、包装紙を開け、フタを取ると翡翠色したごま豆富があらわれる。気に入りの器にていねいに盛りつける。器は少し大きめがよいだろう。今日は柚子みそで食べようか。わさびをのせて、しょう油で食べようか。それとも、何もつけずにそのまま食べようか。一口食べると、こんなにおいしいものがこの世界にあるのかと思う。そのくらいおいしい。ばちがあたりそうで恐ろしくもある。今日もくいしんぼう。

「根ぎし 笹乃雪」 東京都台東区根岸2丁目15−10 電話03−3873−1145

きなこと黒みつをかければデザートにも。

文・写真:松浦弥太郎

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