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コラム

なぜ日本人がここまでハマる?「マリトッツォ」がブームになった意外な理由

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.18】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

「マリトッツォ」に、とある夫婦がハマったきっかけ

堺市に住む50代のMさんは、夫と2人でブリオッシュなどの丸いパンでボリューミィな生クリームを挟んだ「マリトッツォ」にハマっている。4月に夫婦がそれぞれ、テレビで流行スイーツとして紹介されているのを見て、「買おうよ」と盛り上がったのが最初。ところがその頃には人気が沸騰していて、家の近所にあるカルディコーヒーファームでは売り切れ。オンラインでも買える、と知ってネット通販で予約購入したという。

その後も近所のカルディではあまり見かけないが、よく行くパン屋で見つけて購入。「味はパン屋のほうが上」とMさんは言う。他のパン屋も廻り、ヤマザキパンや生協など、さまざまな販売元のマリトッツォを見つけては楽しんでいる。カルディのものはクリームにオレンジピールが入り、生協はレーズン入り、豆乳クリームを使ったパン屋もあった。

Mさんの夫が気に入ったのは、まん丸のビジュアルだ。Mさんは「見た目より軽いし、普通のケーキよりカロリーが控えめなので罪悪感も軽い。見た目も罪悪感も両方軽いんです。それに、緊急事態宣言続きで楽しみは食べることしかない。コロナ禍になってから、食にアンテナを張るようになりました」と話す。

カルディが売り出したのは2020年11月。続いて、ディーン&デルーカも今年3月から売り出した。各地にチェーン展開する人気セレクトショップの発売が、流行を生んだようだ。クックパッドの食の検索サービス「たべみる」では今年初めから検索されるようになり、5月まで急上昇した後、現在に至るまで高まり続けている。テレビはもちろん新聞でも紹介されている。朝日新聞は4月25日の天声人語でも取り上げた。意外に長く続くマリトッツォ・ブーム。そこで、なぜそんなに人気なのか、考えてみたい。

丸っこくてフワフワ。材料はシンプル!が日本人好み

Mさん夫婦の理由に、ブームの要因が含まれている。一つはやはりほとんど丸っこいビジュアル。半端ない量の生クリームも映える。それに菓子パンは、日本で人気のパンというかスイーツである。

日本ではアレンジしているものも多いようなので、本場イタリアのマリトッツォについて調べたところ、ミラノ在住のフードブロガー、藤川真弓さんが運営する『バッケッテ・エ・ポモドーロ』というブログにレシピと説明があった。砂糖・牛乳・無塩バター・卵が入ったリッチなパン生地にオレンジの皮を練り込んでいる。クリームはシンプルに生クリームと砂糖のみ。苦味のあるオレンジがアクセントになり、たっぷりの生クリームが入っていても味に変化がつく。

しかし、基本的には菓子パン生地とクリームだけ。このシンプルさも大きく流行する要因と言える。最近はスパイスカレーなど複雑な味わいも流行するが、一般的に日本でウケて定着するスイーツは、シンプルなものが多い。ショートケーキ、ロールケーキ、シフォンケーキなどの定番ケーキの共通点は、材料がシンプルでフワフワなこと。マリトッツォもその性格を持っている。マリトッツォには、たっぷりの生クリームが入っている。乳製品ならではの郷愁をそそる味も、人気の要因と考えられる。

知っている材料だけで構成されていること、クリームたっぷりでフワフワなところ。日本人が安心する要素ばかりなのである。それなのに、アクセントが加わって新鮮味があり、そのビジュアルにも新鮮さがある。だから大流行するのだ。

マリトッツォはイタリアンスイーツであり、大流行していることから、ティラミスとよく比較される。しかし、ティラミスが大流行した1990年はイケイケどんどんのバブル期で、使われている食材も味も食感も、何もかもが目新しいところが人気の要因だった。しかし、日本人が自信を失いがちなコロナ禍の今、大流行するスイーツは安心感のあるマリトッツォなのである。

ルーツについては、あちこちで紹介されているが、ローマ時代には食べられていた。先のブログによると、当時は生クリーム入りではなく、はちみつで甘くしたパンにドライフルーツを加えたもので、サイズはもっと大きかったという。

こうした歴史のある菓子という重みというかうんちくが語れるところも、人気の要因ではないか。ティラミスも、イタリア語の意味や使われているマスカルポーネチーズの説明など、うんちくつきで流行していた。そういう由来を持つ食べものに、日本人は弱い。

そして、コロナ禍も大きな要因の一つだろう。何しろ、度重なる緊急事態宣言で、遊びにも行きづらい、人にも会いづらい。不自由な巣ごもり生活で、Mさんのように目新しい食べものにアンテナを張っている人はきっと多いはずだ。そして、1日家で過ごすことから、おやつが欠かせなくなった人も多いと考えられる。スイーツは、少しばかりストレスを癒してくれる

そのうちコロナ禍は終わる。それまでは、マリトッツォ片手にのんびりお茶でも飲む日を送ろうか。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

©植田真紗美
1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、『母と娘はなぜ対立するのか』、『平成・令和食ブーム総ざらい』、『日本外食全史』、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

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