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コラム

あの大物芸能人も溺愛!「アジフライ」ブームはなぜ起きた?

阿古真理

作家・生活史研究家。食や食らし領域が専門。

【あの食トレンドを深掘り!Vol.42】90年代に流行した「ティラミス」、数年前に話題になった「おにぎらず」、直近では社会現象にもなった「タピオカ」など、日々生まれている食のトレンド。なぜブームになったのか、その理由を考えたことはありますか? 作家・生活史研究家の阿古真理さんに、その裏側を独自の視点で語っていただきました。

大物芸能人がアジフライ愛を語り、話題に

庶民の定番料理、アジフライがなぜか最近、ブームになっている。東京でも、次々とアジフライに力を入れる専門店などが誕生し、話題を集める。2022年5月17日放送の『マツコの知らない世界』(TBS系)では、アジフライを求めて全国を歩く高田馬場の居酒屋店主が、各地のこだわりのアジフライを紹介した。2023年2月18日には、ラジオ番組の『タモリのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、タモリが星野源にアジフライ愛を熱く語った。芸能界の大物2人が語ったことで、ますます盛り上がっていきそうなブームであるが、なぜまたアジフライなのか?

実は2022年春、私はそのアジフライ通の店主が開く店へ行くチャンスがあった。そこが感動的においしいアジフライの店だと聞きつけた友人が、会食候補として挙げていたのである。しかし、その店のアジフライ以外の料理に私たちは食指が動かず、結局女子会が盛り上がりそうなモロッコ料理店へ行って語り尽くした……。それはおそらく、メンバー全員が台所の担い手で、アジフライはいつでも作れる、という頭があったのではないだろうか。少なくとも私は、そうである。

ただ、フライは何でもそうだが、家で調理すると油の後始末が手間である。キッチンが狭ければ、バットを三つも並べて小麦粉、卵、パン粉をつける作業をする場所を確保しづらい、残った衣の材料を始末するのが面倒くさい、少人数家族で量が多く出来過ぎる、など料理の難易度を考える以前の問題がたくさんある。その結果、揚げ物は外食やテイクアウトの総菜に頼っている人も多いと思われる。

ところが、アジフライが流行してアジフライについての情報が増えた結果、実は私たちが頼りにしてきた市販のアジフライは必ずしも鮮度が保障されておらず、そのために味もいまいちになりがちなことがわかってきた。そして、その実態があるからこそ、鮮度が高く良質なアジを使い、上手に料理したおいしさが売りの店から、アジフライブームが巻き起こったのである。

「アジフライの聖地」がある!?普通のアジフライと違いは

ブームの発端は、伊万里湾に面する長崎県松浦市が2019年に「アジフライの聖地」を宣言したこと。同市のウェブサイト「松浦の恋」にアクセスすると、食べ歩きマップその他の松浦のアジとアジフライに関する情報が出てくる。2017年末、友田吉泰市長は、アジフライの聖地を目指すことを公約に掲げて選挙に出馬し、当選した。友田市長が『ヤフーニュース』2023年6月12日配信記事(『週プレNEWS』より転載)のインタビューで、関西の居酒屋でアジフライを注文したところ、「なんだか薄っぺらくて、食べると独特の臭みが広がりました」という体験をした話を語っていた。松浦の飲食店で当たり前のように食べてきたアジフライと雲泥の差があったことから、改めて地元の魅力を再発見したのだ。

他の地域のアジフライと、松浦市のアジフライは何が違うのか?『東洋経済オンライン』2023年5月3日配信記事は「一般的なアジフライは水揚げから包装まで一部の工程は国内外で行われるため、輸送や加工のタイミングで冷凍・解凍が繰り返され、仕入れから出荷まで3~6カ月ほどかかることもザラにある」一方、松浦では獲れたての地元のアジを工場に運んで当日中にさばいて冷凍することを、徹底している。鮮度が全然違うのである。

こうした説明を読むと、一般のアジフライはおいしいわけがない、と思わされてしまう……。消費者には、どこで提供されているアジフライが、海外で処理されて納入されたかわからないわけだから、気づかずに水揚げされたのちに、凍結と解凍を繰り返された魚を食べてしまっているのかもしれない。それなら、鮮度が高いアジを揚げただけでも、相当おいしくなりそうだ。

そのうえ、松浦の漁港で獲れるアジは、対馬海峡から五島海域の沖合を回遊していることから、身が引き締まっており、柔らかくて脂のりがよいらしい。地域に限らず激しい海流に揉まれた魚はおいしいが、松浦を拠点にした漁師たちが獲るアジも、そうした魚の一つなのだ。

先の『東洋経済オンライン』の記事によると、福岡市で漁業から水産物加工まで一貫して行う株式会社三陽が、2022年7月に市内に冷凍自動販売機を設置し、それまでBtoBだったビジネスを消費者向けにも振り分けて福岡市に三陽食堂を開業した。松浦のアジを売りにする、福岡市の店も多いそうだ。

ブームの背景に、家庭の揚げ物調理を避ける動き

アジフライ人気の背景がわかると、別の角度からこの流行が見えてくる。もし、魚屋やスーパーで新鮮そうなアジを選び、自宅でフライにする生活が誰にとっても当たり前だったら、アジフライブームは起きなかったかもしれない。総菜や外食でアジフライを食べる人が一般的だったからこそ、数カ月前に水揚げされたアジも、冷凍保存することが可能になり、商売として成り立ってきたのだ。そして、鮮度が高いアジフライを提供する店が増え、ブームは起きた。やきとりやギョウザなど、今は外国で加工した食品が届けられることがすっかり一般化しているが、そうした食品の中にアジフライも入っていた。

そしてもちろん、アジフライは調理方法によっても味が変わる。揚げ方や油脂の質、衣の質などが違えば、おいしさの印象が変わるだろう。タルタルソース、塩、ウスターソースその他、味つけでももちろん違う。

から揚げブームも、家庭でから揚げをしなくなっている土台があり、手軽に買えるテイクアウト店が出現したことが、ブームのきっかけになった。家族の人数が減り、揚げ物にかかわる家事のわずらわしさがこうしたブームを生んでいる。おいしいアジフライを食べられる店が増えることは望ましいし、松浦市に続いて鮮度を大切にした流通業界の変化が起きたらありがたい。しかし、その背景に家庭での調理の衰退があると考えれば、ちょっと複雑な気持ちになる。

画像提供:Adobe Stock

阿古真理(あこ・まり)

1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『大胆推理!ケンミン食のなぜ』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『母と娘はなぜ対立するのか』『平成・令和食ブーム総ざらい』『日本外食全史』『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』『ラクしておいしい令和のごはん革命』『家事は大変って気づきましたか?』など。

執筆者情報

阿古真理

作家・生活史研究家。1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方を中心に生活史と現在のトレンドを執筆する。主な著書に『日本の台所とキッチン 一〇〇年物語』(平凡社)、『大胆推理!ケンミン食のなぜ』・『家事は大変って気づきましたか?』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『日本外食全史』(亜紀書房)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)など。

阿古真理さんの理想のキッチンに関するプロジェクトはご自身のnoteやYoutubeでもコンテンツを更新中です。

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