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コラム

わが家の味が一番!パプリカの甘みがぎっしり詰まった保存食「リュテニツァ」のおいしさの秘密【世界の台所探検】

世界中の台所を訪れて現地の人と料理をする世界の台所探検家・岡根谷実里さんが、各地の家庭料理をお届けします。

焼きパプリカの甘さを詰めて

以前、焼いたパプリカがハチミツのように甘いということを書きました。

今回は、その焼きパプリカを煮詰めて作る絶品保存食「リュテニツァ」を、ブルガリアの台所から紹介します!

家庭の瓶詰「リュテニツァ」とは?

ブルガリアの家々では、8月後半になると冬のための保存食「リュテニツァ」づくりが始まります。リュテニツァのために庭先で大量のパプリカを焼く光景は、秋の訪れを知らせる季節の風物詩です。

リュテニツァの主材料は、パプリカとトマトです。真っ赤な野菜のペーストで、前菜のようにパンにのせて食べるのが一般的。瓶を開けるだけで食事になる、便利な「おかず瓶」でもあります。

パプリカとトマトに加えてなすやにんじんが入ることもあり、作り方も家庭ごとに少しずつ違い、家庭の数だけレシピがあります。誰に聞いても「我が家のが一番!」という答えが返ってくる、ブルガリアの代表的な"我が家の味"です。リュニツァ自慢の話を聞けば聞くほど気になって、ブルガリアの家庭で秋のリュテニツァ作りに参加させてもらいました。

訪れたのは、首都ソフィアから車で2時間ほどのスヴェトラさん宅。84歳のおばあちゃんと二人で、迎えてくれました。

リュテニツァ作りは一家総出の大仕事

スヴェトラ家では、近所に住む叔母さんもやってきて、2日がかりで作ります。

まず驚いたのが、作る量の多さ。市場で買ったパプリカの量は20kg。ショッピングカートがいっぱいになり、さらに上にのせて余りあります。

部屋に山積みの瓶は、リュテニツァが完成したら入れるためのもの。

たった二人暮らしでそんなにたくさん食べ切れるのだろうかと心配になるのですが、これでもいつもより少なめというから驚いてしまいます。

パプリカを焼く平穏な時間

買ってきたパプリカは、ヘタと種を取り除きまっ黒焦げに焼きます。焚き火に鉄板を乗せ、びっしり並べてひたすら焼きます。

焼き続けるその時間は、平穏そのもの。パプリカの皮が焦げるパチパチ音に耳を傾け、甘い香りを胸いっぱい吸い込み、おばあちゃんと並んでなんでもないおしゃべりをし、気づくと3時間経っていました。

焼いたパプリカは空の鍋に入れて蓋をし、今日の仕事はここまで。こうして蒸らすことで、皮がむきやすくなるのです。慌てない急がない、時間が解決してくれることは放っておく。そんなおばあちゃんの哲学がちらり垣間見えます。

やることは多い。喧嘩しながら絆深まる。

翌朝起きると、パプリカはしんなりして嵩も減っています。二日目の作業はトマトソースづくりから始まります。

山盛りのトマトを切り、フードプロセッサーでピューレにして、鍋で煮詰めます。このときほんのちょっとの砂糖を入れると、酸味がまろやかになるそうです。しかしこの「ほんのちょっと」を巡って母娘喧嘩が勃発。

娘「砂糖はティーカップ半分」
母「そんなに入れていいわけないでしょ、コーヒーカップ半分よ!」

両者一歩も譲らない。
最後にすべてをあわせて大鍋で煮るのも一悶着。

娘「煮込み時間は3時間」
母「そんなに長いわけないでしょ、15分だよ!」

本当に些細なことなのに、一つ一つ本気で喧嘩して、でも最後には必ず「お母さんのほうが正しかった」と娘の方が悔しそうに言って折れるからかわいらしい。

雨降って地固まる。一年に一回、こうして協力しながら本気でぶつかれる機会があることが、家族の絆を一層強めているのかもしれません。

瓶詰は遠くの家族の元へ

瓶詰めされたリュテニツァは、遠くに住む息子娘たちのもとにも送られます。子どもたちは、作るのには来ないけれど食べるのは大好き。こうして毎年家族のつながりを確かめ続けているのかもしれません。

リュテニツァ作りは、量も多いし作業も多いし、焼き・皮むき・煮詰め・瓶詰め、どれ一つとっても一人でできるものではありません。協力しないと作れません。かつては「冬のあいだの必要な食料」として作っていたものが、一人ひとりバラバラの暮らしを営む現代の社会で「家族をつなぐもの」として新しい価値を持っている様子は、何だかほっとため息が出ます。

「我が家のリュテニツァ」のおいしさの秘密

出来たてのリュテニツァを、我慢できずに鍋から食べてみました。やさしく甘く、スパイスがピリッと引き締める感じはカレーのよう。ばくばく食べられてしまいます。あれほどたくさんの瓶も、この家や子どもたちの家に送られて、あっという間になくなってしまうのでしょう。

市販のリュテニツァももちろんおいしいです。でも喧嘩した時間や些細なこだわりは、「我が家のリュテニツァ」にしかありません。味だけならば、市販品や他所の家のものでもよいはずですが、誰もが「我が家のリュテニツァが一番!」と主張して譲らないのは、そういった作るあいだの家族の時間がぎっしり詰まった唯一無二のものだからなのかもしれません。

鍋いっぱいのリュテニツァを瓶に詰めながら、子どもの頃の梅干しづくりや芋干しを思い出していました。
家族をつなぐ年中行事の食・楽しい時間の詰まった保存食って、世界中の家庭にあるんだなあしみじみ思うのでした。

遠いブルガリアの地で出会った「家庭のレシピ」、よかったら試してみてください。

※編集部注:
この記事は岡根谷実里さんの公式ブログの掲載記事を加筆・修正し、再編集したものです。元の記事はこちら

岡根谷実里さん

台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れ、世界中の人と一緒に料理をしている。これまで訪れた国は60カ国以上。料理から見える社会や文化、歴史、風土を伝えている。
公式ブログはこちら>>

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