大河ドラマや歴史小説をこよなく愛する“歴史好き”は、男女問わず少なくありません。中でも、名立たる武将たちが群雄割拠する戦国時代は特に人気ですよね!
戦国時代の武将や足軽たちは一体どんなものを食べていたのでしょう? そんな素朴な疑問に答えてくれるのが、戦国時代の食にまつわる面白エピソードを紹介する『戦国、まずい飯!』(集英社インターナショナル)。
タイトルの通り、干し飯や芋がらなど、パッと見おいしそうとは言い難いご飯の数々を、著者の黒澤はゆまさんは本書の中で実際に再現して実食しています。
なぜ、あえて“まずい飯”にフォーカスしているかというと、理由は明快。無類の歴史好き、戦国時代好きである黒澤さんご自身が「戦国飯を食べてみたい」と思ったから。“まずい飯”を食べて戦国の世へ思いを馳せる黒澤さんに、執筆ウラ話をお伺いしました。
――『戦国、まずい飯!』はとてもユニークなタイトルですが、本書の中で紹介している「戦国飯」の中で、黒澤さんが最も「まずい!」と思ったものはどれだったんでしょうか?
第2章で紹介している「糠(ぬか)味噌汁」です。味は薄いし、糠味噌くさいしで最悪でした。
おまけに、これは私のミスなんですが、里芋の茎と葉のアク抜きができていなかったので、のどまで痛くなりました……。無数のガラスの破片が刺さったような痛みで、もう二度と食べたくありません。
この糠味噌汁を食べた井伊直政は醤油を足してほしいと言って、先輩の武将から「贅沢だ」と叱られていますが、彼の方が正しかったと思います。
――それは壮絶な実食体験ですね……。そのほかにも、黒澤さん的に特に思い入れのある「戦国飯」はありますか?
2つあるんですが、1つ目は第1章の「赤米」です。
赤米は戦国時代、主に雑兵が食べていたもので、「稲米の最悪の者なり」というひどい評価が残っています。現代に残っている品種でどれが近いのか調べるところから始め、手に入れるのに大変苦労しました。
幸い、長崎で栽培されている方がおられ、心よく分けていただいたのですが、せっかく手に入れても、米屋さんにほかの米に色が移るのを嫌がられ、精米を断られてしまいました……。
自力で精米するほかなくなったので、ペットボトルに赤米を入れ、ひたすら菜箸で搗(つ)くという原始的な精米にチャレンジしましたが、12時間かけて七分搗きがやっと……。最後には肩が上がらなくなりました。
ただ、苦労したせいか、その後試食すると案外悪くありませんでした。「稲米の最悪の者なり」という評は、ちょっとオーバーだったんじゃないかなと思います。
――まさかの人力精米とは! 12時間搗き続けた黒澤さんを心から尊敬します……。そしてもう一つのお料理とは?
2つ目は、第6章の「粕取焼酎」です。
私自身が焼酎好きですし、大好きな武将、真田信繁(幸村)にまつわるエピソードなので、とても印象深いものになりました。
大分県に昔ながらの手法で粕取焼酎を製造している酒造会社があるのを見つけ、取り寄せてみたのですが、とにかく個性の強い焼酎で、のどから火を吹きそうでした。
ビターチョコレートに似た焦げ臭い臭いがし、味も重く、騒がしい。この焼酎と比べたら、今、市場に出回っているメジャーな焼酎はみな洗練されていて、都会的と言っていいくらいですね。戦国の最後を締めくくる英雄、真田信繁が愛した焼酎はこうでなければという味でした。
――戦国飯は、やっぱりなかなかの曲者ぞろいですね。そんな料理や食べ物の数々が登場する『戦国、まずい飯!』ですが、どんな方にどんなふうに楽しんでいただきたいですか?
1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』が、私が歴史に興味を持つようになったきっかけでした。その時、渡辺謙さん扮する政宗が食べていた「湯漬け」などの戦国飯を母親にねだって、作ってもらったことをよく覚えています。
新型コロナのせいで外に遊びに行けず、鬱憤のたまったお子さんと、どう自宅で過ごそうか頭を悩ませているお父さん、お母さんはたくさんいると思います。
子どもは大体忍者や侍が好きなものですから、本書を参考に、親子でワイワイ戦国飯を作るというのはいかがでしょう? それでお子さんが歴史に興味を持つようになったら、作者にとってこれ以上に幸いなことはありません。
ただ、里芋の茎と葉を扱う時は、くれぐれもアク抜きに気を付けて!
――戦国飯は、歴史や史実が身近に感じられてワクワクしますよね。料理の新たな側面を知ったような気がします。黒澤さんも『戦国、まずい飯!』のご執筆を通して、料理に対する考え方がちょっと変わったりしましたか?
正直、そんなに料理をする方ではなかったのですが、この本をきっかけに台所に立って、小麦粉を練ったり、自分で味噌を仕込んだりしていると、そうした作業を自分が好きだということに気づきました。子どもの頃、砂場で遊んでいた時の感覚を思い出しました。
考えてみると、料理って自然を克服するための第一歩であり、人間のありとあらゆる技術、創意工夫の源なんですね。そして、歴史というと軍事や政治といった派手な分野に目が行きますが、どんな英雄も食べることができなければ、当然死ぬわけです。
戦国武将もそのことをよく知っていて、味噌をはじめ、さまざまな兵糧食を研究したようですし、料理が個人的に好きな武将もたくさんいました。伊達政宗や細川幽斎が有名ですが、特に政宗は自分で庖丁を握るのはもちろん、毎朝トイレに籠って、その日の献立を考えるのが日課だったそうです。
政宗が将軍徳川秀忠を接待した時の話ですが、政宗はわざわざ自分で膳を運んだそうです。その際、「毒見をさせてほしい」と申し出てきた旗本がいました。すると政宗は「十年前ならいざ知らず、いや十年前でも毒殺なんかするか。正々堂々の戦いで勝負をつける」と啖呵を切ったそうです。料理好きな彼にとって、食べ物を人殺しの道具にするなんてもってのほかのことだったのでしょう。
政宗には「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである」という言葉も残っています。
私も政宗を見習って、毎日食べること、料理することを大事にしていきたいと思います。
(TEXT:福井千尋)
生米を水に浸すよう指示した徳川家康、醤油が欲しいと言って叱られた井伊直政、逃避行中に雑草を食べた真田信之……。歴史小説家である著者が、さまざまな文献から戦国の食にまつわる面白エピソードを紹介。さらに文献に登場する料理を再現して実食する。果たしてその味は…。美味いのか? まずいのか? 食を通して、当時の暮らしぶりを知り、戦国の世と先人たちに思いを馳せる。
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1979年、宮崎県生まれ。歴史小説家、コラムニスト。古代中国を舞台に、宦官の少年を主人公とした『劉邦の宦官』(双葉社)でデビュー。ほかに、Webメディア『cakes』で累計100万PVを誇った連載コラムを書籍化した『なぜ闘う男は少年が好きなのか』(KKベストセラーズ)、近松門左衛門の曽根崎心中を小説化した『小説で読む名作戯曲 曽根崎心中』(光文社)など。好きなものは酒と猫。