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コラム

野菜が安いことはいいことなの?農業ベンチャー社長が考える日本の農家の未来

クックパッドニュース編集部

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クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。今回は、株式会社マイファーム代表取締役の西辻一真さんがゲストの後編です。

耕作放棄地での“農業体験事業”をスタート

小竹:京都大学農学部を卒業して1年間サラリーマン生活を送り、2007年に起業されたのですよね?

西辻さん(以下、敬称略):そうです。24歳のときにマイファームを創業しました。僕は農家になりたくてマイファームを作ったので、最初は畑を借りて自分で野菜を作って売りに行こうと思ったんです。

小竹:そうですよね、普通は。

西辻:ただ、当時は農地が借りやすい制度もなかったし、農家になると言うとみんながやめとけと言う時代だったので、農地情報すら出てこない。それでやっと出てきたのが耕作放棄地でした。この2000平米くらいの耕作放棄地を直すためにとりあえず土木会社に連絡をしたら、400万円で畑にしてくれるという見積もりが出てきたんです。だから、地元の地銀さんに行って「400万円貸してください」と言ったら「返せるの?」って言われて…。

小竹:まあ、そうですよね。

西辻:そこで初めて、2000平米のところに万願寺唐辛子や鹿ヶ谷かぼちゃという京野菜を植えて祇園に持って行くといくらになるかという計算を始めたんです。すると、400万円なんて全く返せない。これがみんながやめとけと言う理由なんだとそこでわかりました。

小竹:高校時代に見ていた耕作放棄地が、なぜそのままなのかがわかったのですね。

西辻:これではお金も借りることができないと思って、初めて手書きで事業計画書を作り始めました。でも、どうやっても400万円を返すのは難しかったので、野菜以外の価値も提供しないといけないと発想を変えたんです。

小竹:なるほど。

西辻:楽しい野菜作りを伝えることがこのフィールドできると思ったので、農業体験の場所にしようと考えました。野菜を植えるだけだと面積に寄ってしまうけど、野菜の収穫体験チケットをたくさん売れば、満杯になっても別のところでやることができるので、ここをフィールドにした体験チケットを売っていくという形で計算したら、いけるかもとなりました。

小竹:400万円返せるかもと。

西辻:銀行に出したら「これは新しい農業ベンチャーかも」と言ってもらえて、お金を借りてスタートしました。僕は野菜作りが好きだという気持ちを伝えたかったので、収穫したものを食べてもらいたいというところまではコミットしていなかった。だからこの発想が出てきました。

小竹:そのときは何人くらいに売る目標だったのですか?

西辻:1000平米で50組くらいのお客さんに年間チケットを買ってもらうという計画でした。50人に満席でチケットを売ると野菜がなくなることもありますが、農家は売って初めてお金が入ってきますが、チケットは先にお金が入ってくるので、野菜がなかったら隣のおばちゃんの畑をお金を渡して借りることができる。サブスクとかクラファンみたいなことを僕らは17年前からやっていました。

小竹:そんな風に耕作放棄地を農地に変えていくのが最初に行った事業なのですね?

西辻:お金が先に入ってくるので青田買いができる。お金が入ってきてお客さんがついてくると思ったら次のところを借りるという感じでした。農業界は先に作ってからお客さんを見つけに行きますが、僕はお客さんを見つけてから畑をやるので流れが逆です。それが成功につながった1つのポイントだと思います。

小竹:ちゃんと農作業をしてくださいというよりは、楽しむのが中心という形なのですよね?

西辻:そうです。ハイヒールで来る奥さんがいたんです。普通は怒られますが、僕は面白いなと思って、それで穴を掘って種を植えられるなって。それをほかの農家さんに話すと「お前はめちゃくちゃだな」と言われますが、僕は楽しいからいいって思ったんです。

小竹:楽しみを伝える上で、どういったことを提供していたのですか?

西辻:「せっかく畑に来ているのに植え付けだけをするのはもったいない」と僕はよく言っていました。雰囲気や風、天気とかも楽しんでほしい。地域のお祭りにも参加して収穫祭などの文化にも触れてほしいと伝えるし、畑に来た喜びやそこからわかることをいっぱい感じてほしいと思っています。

「これが好き」という熱量が何よりも大事

小竹:マイファームはいろいろな事業をされていますが、耕作放棄地での畑体験が軸となって広がっている感じですか?

西辻:そうですね。僕が本当にやりたい事業はそんなにないのですが、畑好きの人たちが集まってきている会社で、畑好きを表現したい人たちからの提案で事業がどんどん拡大しているので、僕のオリエンテッドではないです。

小竹:いろいろな提案が来ると思いますが、選ぶ基準はあるのですか?

西辻:一般的には収益性がもちろん大事だと思いますが、それよりも大事にしているのはやりたい熱量が見えるのかという点です。儲かるからやりましょうだと熱量は低いと思う。私はこれがすごく好きという情熱が溢れてきたものをやるようにしています。辛いこともたくさんありますが、それを修行と思えるかは大事なので、熱量があることが重要だと思っています。

マイファームが取り組んでいるお茶プロジェクト「Ochanowa」では、新茶摘み体験も実施

小竹:一方で、実際に農業をやっている方に向けての事業もされていますよね?

西辻:もともとは農業体験をした人が「楽しいからもっと学びたい」と言ってくれることが多かったので学校を作ったのですが、今は農業者の方がより農業経営者になるために学んでいく学校をやっていて、農業者さんが喜んでくれてどんどん入られているという状態です。

小竹:そこをやらないと耕作放棄地はどんどん増えていきますよね。日本はほかの国に比べて多いのですか?

西辻:ほかの国々は耕作不可能地なんです。砂漠とか土壌が劣化してできないみたいな場所が多いのですが、日本の耕作放棄地はやろうと思えばできるという場所。だから、ほかの国々から見ると贅沢なことで悩んでいるという感覚で見られています。

小竹:マイファームさんは「自産自消」を目指す会社だと聞きましたが、「自給自足」との違いは?

西辻:「自給自足」のゴールは食べて生きることです。でも、「自産自消」はその行為で得られる感情がたくさんあると思うので、それを感じましょうという僕が作った造語です。

小竹:料理も単に作って食べるだけではなく、作る行為自体に喜びを得られないとやらなくなってしまうと思いますね。

西辻:おっしゃる通りです。1人で作るのもいいですが、誰かと作るのはすごく幸せじゃないですか。そういったこともここには含まれています。

日常と非日常の境目が考えるべきポイント

小竹:農業体験や野菜作りは楽しいしおいしいし喜んでもらえるのにやらないのはなぜだろうと思うのですが、どうですか?

西辻:こんなにいいことで素晴らしい気づきが得られるのにやらないのは、ほかのものに比べて優先順位がまだまだ低いからだと思います。だからこそ、マイファームが野菜作りは素晴らしいと押し出していくことで、たくさんの人に時間を取ってもらうというのが大事だと思っています。

小竹:料理も野菜作りも同じですが、たまになら楽しいけど、日々の暮らしの中でやり続けるのは大変だと感じてしまいます。だからこそ、楽しさがすごく大事ですよね。

西辻:僕の妻は料理を毎日していて、僕も2~3日に1回くらいするのですが、僕はすごく料理が楽しい。でも、妻はメニューが浮かばないと言う。これは日常と非日常の違いがあって、僕は採算度外視で野菜を買っちゃうんです。妻は採算度外視で買ったりしないので種類も限られているけど、こっちはものすごくワールドが広がっているので、日常と非日常の境目に難しいポイントがあると思います。

小竹:野菜作りも同じで、週末農園から農業にいくには壁がある気がします。そういったことは学校でどのように指導されているのですか?

西辻:わかりやすい非日常と日常の断裂としては、家庭菜園や週末農業は非日常で、農家は仕事なので日常です。この真ん中のラインはどうなのかといつも思うんです。 真ん中のラインは僕たちの場合では、もう少し面積を広げましょうという感じなんです。半農半Xと言われたりもします。

マイファームが運営している「アグリイノベーション大学校」。農業経営と技術を学ぶ就農・移住・アグリビジネスを目指す、社会人のための週末農業学校

小竹:うんうん。

西辻:面積を広げていくと、あるポイントから食べきれなくなってくる。そのときに初めて売る喜びを感じてみましょうとなる。それで直売所に持って行って売れると喜びを感じる。しかも儲かってくるとそれがどんどん続いていく。そういう風にグラデーションで考えていて、非日常から日常に一足飛びでいくことはないと思うので、真ん中のラインをずっと事業として展開している感じです。

小竹:息を長く育てていくという感じですかね。

西辻:そうです。非日常でいいなと感じて勉強をして、いきなり大量生産の農家をやるのはしんどいです。好きだったものを嫌いになってしまう。そうならないようにやっていくのが僕たちの授業の味噌ですが、長い期間がかかります。

小竹:農業始めようと思うと、1人前になるにはどれくらいかかるのですか?

西辻:3年くらいです。農業は1年に1回しか経験できない。トマトを12回作れと言われても作れない。なので、1年目はまず1年の流れを感じてもらいます。2年目はその経験を活かしてちょっとジャンプアップ。3年目は食べられる量よりちょっとプラスして喜びを感じてみましょうみたいな感じです。

農業は「愛情を伝える最高のツール」

小竹:西辻さんの学校に行く理由として、ほかにはどういったきっかけで農業を志している人が多いのですか?

西辻:自分が体を壊したとか子どもの野菜嫌いとか、何かしらの食に関する課題を抱えた人が来ることが多いです。それは好きだからやりたいという人とは別の路線です。こういう人たちの量が年々増えているので、少しでも要望に応えるために、今うちの会社では食物アレルギーの方々に対して塾をやってみたりなど、ネガティブをポジティブに変えるという作業が増えています。

小竹:そういうことは家族農業にもぴったりですよね。

西辻:ぴったりです。ベジタリアンやヴィーガンの方も増えているので、ヴィーガンなので自分でやってみたいとか、植物性の肥料だけ使うとこれだけ難しいとか、いろいろとわかってくるのですが、これはすごくいいことだと思っています。

小竹:農家になりたいという思いで大学に入り仕事をして今に至る中で、当時描いていた農家というものと比べて、今の農家に対する思いは?

西辻:ちょうど転換期にあって、今まではたくさん作れば誰かが買ってくれていましたが、今はたくさん作っても食べてくれる人がいない時代になってきているので、作ればいいという考え方はもう捨てないといけない。誰が食べてくれるのか、食べた人がどうなってくれるのかと思わないと農家もやっていけない時代です。

小竹:食品ロスの問題もありますしね。

西辻:野菜の価格が今より3倍高ければ捨てないと思うんです。安いから捨てちゃう。ダイヤモンドを捨てる人はいませんからね。価値が低く感じられているから捨てられる。需要と供給のバランスでいくと、少ないと高くなりますが、それを超えた形で、付加価値があるから高い、付加価値があるから少なく見えるという形を日本の農家として作っていかないと、勝負できない時代になっていると感じます。

小竹:ニュースでも野菜が高いとか安いとか、まるで悪者みたいですよね。

西辻:卵も物価の優等生と言われて、1個10円くらいで戦後から続いていて、最近はそれは難しくなってきて何十円にも上がってきていますが、「優等生」という言い方でいいのかなって思いますね。

小竹:西辻さんにとって農業とは?

西辻:大好きなことです。もう少し拡大解釈をしていくと、愛情を伝える最高のツールだと思っています。自分の作ったものを誰かに食べてもらう。手作りチョコレートケーキを作るのと一緒ですが、手作りチョコレートケーキの場合、カカオまで作っていますかという話です。農業は、自分で作った大根でこれだけのこれがあってこうだと愛情を伝える時間が長くなる。より伝えるにはぴったりだと思います。

小竹:西辻さんが一番好きな野菜は?

西辻:オクラですね。僕はオクラを作るのが一番得意なのですが、農家さんは自分の栽培の技術や特性上、相性がいい野菜って絶対にあるんです。僕の作るオクラは本当においしいです(笑)。オクラは実だけではなくて花もおいしいし、あんなに上を向いて育つのかという発見もあるので楽しいです。

小竹:最後に、今後チャレンジしてみたいことを教えてください。

西辻:個人としては福井の農家になりたいと思っています。60歳くらいにはやりたいと思っています。福井で一番楽しく農業をやっている人になりたい。もしかして世界で一番楽しくやっているかもしれないですけど、場所は福井と決めています。

小竹:畑のイメージはあるのですか?

西辻:もちろんオクラを作っています(笑)。多品目を栽培して、いろいろな人たちが来るような畑にしたいです。

(TEXT:山田周平)

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【ゲスト】

第11回・第12回(8月2日・16日配信) 西辻 一真さん

株式会社マイファーム代表取締役/学校法人札幌静修学園理事長/幼少期に体験した母親との家庭菜園の楽しさから農家を志し、2002年に京都大学農学部に入学。卒業後、1年間のサラリーマン生活を経て、2007年に農業ベンチャー「株式会社マイファーム」を設立。アグリイノベーション大学校という農業専門学校や体験農園、薬草やサツマイモの栽培などの事業を全国で展開。著書に『マイファーム 荒地からの挑戦 農と人をつなぐビジネスで社会を変える』『農業再生に挑むコミュニティビジネス 豊かな地域資源を生かすために』がある。

【パーソナリティ】 

クックパッド株式会社 小竹 貴子

クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。 趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。

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執筆者情報

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