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コラム

もはや唯一の社会の共通項?「食」描く平成・令和ドラマ、かつて“脇役”だったグルメが世相を反映するまで

私達の暮らしを楽しく彩ってくれるテレビドラマ。時代を映す鏡でもあるテレビドラマで、「食」はどのように描かれてきたのでしょうか。印象的だったドラマの食シーンにスポットを当て、当時の暮らしや社会情勢とともに変化し続ける「食」を、作家・生活史研究家の阿古真理さんに独自の目線で語っていただきました。

「食」がドラマの主役になったのはいつから?

ドラマの歴史を振り返ってみると、70年代はホームドラマ、80年代は恋愛ドラマ、90年代はOLのお仕事ドラマが人気を集めていて、今のように「食」が中心のドラマはほとんどありませんでした。

食卓風景や料理は出てきますが、料理そのものがアップで映し出されることは少ないし、そもそも料理にスポットをあてる必要もなかったのです。視聴者は登場人物たちが何を食べているか、どう作るかということに関心はなく、それよりも大事なのは人間関係。食は脇役の存在だったんです。

といっても、料理人やシェフ、レストランを扱う「お仕事としての食ドラマ」は放送されていました。90年代は三谷幸喜さん脚本の『王様のレストラン』(1995/フジテレビ系)や中居正広さん主演の『味いちもんめ』(1995/テレビ朝日系)が放送されており、その後の『ランチの女王』(2002/フジテレビ系)や『バンビ〜ノ!』(2007/日本テレビ系)、『ハングリー』(2012/関西テレビ・フジテレビ系)、『天皇の料理番』(2015年版/TBS系)もその流れにあると思います。

料理人の話なので当然料理は登場しますが、どちらかというと料理人のプロとしての技術や人間ドラマが中心でした。それが2000年代以降は、料理が主役だったり、世相を反映させたり、ドラマ内のキーポイントのひとつになっている作品が増えてきます

2000年代は癒しを求めた時代。「食」が欠かせない要素に

食が注目されはじめたころのドラマの中でも特に印象に残っているのが、2003年に日本テレビ系で放送された『すいか』(日本テレビ系)というドラマです。生きることに不器用な人物たちが同じ下宿屋で暮らし、それぞれが抱える問題を解決しながら、次第に仲良くなっていくというストーリー。そこでみんなが集まるきっかけが「食」なんです。

たとえば、下宿している基子(小林聡美)、絆(ともさかりえ)、ゆか(市川実日子)、夏子(浅丘ルリ子)でギョウザを食べるシーンがあります。ふだんは下宿屋の大家であるゆかが料理をしているのですが、ギョウザを焼くのは得意な絆じゃなきゃ、という話になって絆が焼きます。絆は、コンプレックスの強い売れない漫画家なのですが、ここで彼女がみんなから大切に思われていることが明らかになる、といった展開になっています。

ちょうどその頃は、“癒し系”という言葉が流行しはじめていた時期でもありました。90年代にバブルが崩壊し、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が起こり、山一証券も経営破綻。若者たちが就職氷河期を迎えて社会がギスギスしていた時代です。人間関係に悩む人も増えていました。

そんな世相を反映するように「人生をやり直したい」「人生を変えるにはどうしたらいいか」ということがこの時代のドラマではよく描かれるようになり、そこに癒やしの要素として「食」が重要な役割を果たすようになっていきました

また、働き方やライフスタイルの多様化、携帯電話などの登場でコミュニケーションの仕方も変わっていくなかで、次第に人々が共通で話せる話題として「食」が取り上げられたのです。

「食」というのは人間が生きる基本です。誰かが作ってくれた、誰かと一緒に食べた、というふうに「食」は人と人を結びつける鍵でもあります。『すいか』では絆がギョウザを焼くことで、下宿内の結束は強まりました。

食べなければ人は生きていけないし、食べることで力が湧く、そうした側面が描かれているのが、次にご紹介する『孤独のグルメ』です。このように、さまざまな「食」の役割が、ドラマでフィーチャーされるようになったのが21世紀の特徴です。

2010年代、食ドラマの歴史を変えた『孤独のグルメ』の登場

2010年代になると、食シーンは癒しや人との結びつきを表す要素だけではなくなってきます。大きかったのは『孤独のグルメ』(テレビ東京系)の存在でしょう。2012年放送開始から9年が経った今も評判が高く、7月9日からはシーズン9が放送されています。

『孤独のグルメシーズン9』(写真提供:テレビ東京)

放送時間帯は午前0時台と深夜なのに、主人公の五郎を演じた松重豊の食べる場面は食欲をそそり、“飯テロ番組”との異名を取った作品です。 このドラマは「食べること」そのものにフィーチャーした最初のドラマだったと思います。さらに新しかった点は、人々に「ひとり飯は幸せなもの」という発見をさせたこと。それまでは、ひとり飯の定番と言えばささっと済ませられるチェーン店などが主流でした。このドラマの登場で、くつろげる店内で食べる洋食や個人経営の中華屋など、グルメな店でのひとり飯を楽しむ人々が増えたのです。人と食事しながらコミュニケーションも楽しむ……ではなく、ひとりで食べることの楽しさを徹底的に描いたのが、この作品の特筆するべきところです。

このドラマのヒットの影響で、2015年頃から食べることに特化した深夜時間のドラマが増えていきました。

2010年代後半。スマートフォンの台頭で食ドラマにも変化が!

2000年代からはインターネットの発達によって、人々のコミュニケーションの仕方にも大きな変化が生まれましたが、なかでも2010年代半ばから普及し始めたスマートフォンは、料理の作り方にも影響を与えました。レシピサイトも続々登場し、自分でレシピを調べて、スマートフォンを見ながら料理を楽しめるようになったのです。今のような料理のシーンが話題になるドラマが多く作られるようになった理由には、そんな時代背景もあるのかもしれません。

外食が中心だった食ドラマが「家での料理」にシフトしていく中で、話題になったドラマが『逃げるは恥だが役に立つ』(2016/TBS系)と『私の家政夫ナギサさん』(2020/TBS系)です。『逃げるは恥だが役に立つ』では、クックパッドのようなウェブサービスを使ってレシピを探して作る、そしてそれを人に共有することが当たり前に描かれています。『私の家政夫ナギサさん』では、視聴者が作品中の料理を再現できるよう、番組公式のInstagramでレシピを公開し話題を集めました。

『逃げるは恥だが役に立つ』DVD-BOX&Blu-rayBOX 原作/海野つなみ(講談社「Kiss」連載)製作著作・発売元:TBS 販売元:TCエンタテインメント

家庭での家事負担を見つめ直すきっかけに

また、『逃げ恥』も『ナギサさん』も家政婦/家政夫の話ですが、この時期はちょうど日本でフェミニズム運動が起こった時期でもあります。書籍もフェミニズムやジェンダーをテーマにしたものが多く出版されるようになり、『考えない台所』(2015/サンクチュアリ出版)や『家事のしすぎが日本を滅ぼす』(2017/光文社)も話題になりました。女性差別を解消したいというムーブメントが巻き起こっている中でのドラマだったので、とても印象に残っています。

『逃げ恥』の作中では新垣結衣さん演じる主人公・森山みくりの「結婚すれば給料を払わずに私をタダで使えるから合理的。そういうことですよね?(中略)それは、好きの搾取です!」というセリフがあり、フェミニズムに興味がない人も家事を女性がやることに対して疑問を持ったり、家事に給料が払われていないことに気づく人が増えたのもこのドラマの貢献だったと思います。

『逃げるは恥だが役に立つガンバレ人類!新春スペシャル!!』(2021)では、平匡が妊娠中の妻・みくりに代わり、料理初心者ながらも電気圧力鍋を使って料理するシーンが印象的。男性が家庭料理を作ることが当たり前に描かれるように。電気圧力鍋は、時短で簡単においしい料理が作れるとして、クックパッドの検索データ分析サービス「たべみる」でも検索頻度が急上昇しています

もうひとつ『ナギサさん』では家政“夫”であるということのほかに、印象的だったのが主人公の母親の存在。専業主婦になったけど、家事が苦手で料理もうまくないという設定で、そこには女性だからといって料理ができるわけでもないし、やらなければいけないわけでもないというメッセージが込められているような気がします。

この2つのドラマは「家事は誰がやるのか」というテーマを含んでいて、それまでの「食が癒す」「食が人間関係を構築する」「食べることって幸せ」ということより、もっと社会的な意味を含んだものを描くようになってきました。これが2010年代後半のドラマの特徴といえると思います。

調理の工程を詳しく描くドラマも登場!

2019年頃には家での調理シーンが詳しく描かれる作品が登場しました。『きのう何食べた?』(2019/テレビ東京系)では詳しい調理工程も描かれていて、分量さえわかればレシピとしても成立する構成になっています。しかも、工夫のある献立が紹介されているから、見ている私たち視聴者もどうやって作るか知りたくなるんですよね。レシピをドラマ化したという意味では、これしかないという唯一無二の存在だと思います。

『きのう何食べた?』では、西島秀俊演じる筧史朗(通称・シロさん)は料理上手な男性。ドラマ内で描かれている料理が話題になり、「シロさん」のレシピ知りたいと、クックパッドでも検索頻度が上がっていました

今後は、コロナ禍で子どもの「食ドラマ」が注目される?

今後はどんな食ドラマが登場するのかまだわかりませんが、しばらくは新型コロナウイルスの影響でステイホームが推奨されると思うので、家で料理を作ることにスポットをあてた物語が増えてくるのではないでしょうか。

コロナ禍で料理をする子どもが増えたという話も耳にするので、子どもの食ドラマというのも出てくるかもしれません。実際に、コロナ禍の昨今は『ひとりでできる子どもキッチン』(2018/講談社)という本の売れ行きが好調だそうです。

ドラマは時代を映す鏡。これからも新しい「食ドラマ」が出てくるのを楽しみにしています。

(TEXT:河野友美子)

※本記事は、Yahoo!ニュースとの共同連携企画です。

阿古真理(あこ・まり)

1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』、『母と娘はなぜ対立するのか』、『平成・令和食ブーム総ざらい』、『日本外食全史』、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』など。

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